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【東洋】世界のテストの歴史【西洋】

世界のテストの歴史
「中国の科挙って有名だけど、ヨーロッパにもそういうテストってあったのかな?」

先日オフィスでこんなことが話題に上がりました。たしかに考えてみると意外と知らないことに思い当たり、調べてみることに。改めて調べてみると、東洋と西洋での教育の違いが分かり面白い発見がたくさん!

そこで今回は、普段とは少し趣向を変えて、中国とフランスを中心として世界のテストの歴史について解説していきます。

東洋のテストの歴史

まずは冒頭でも名前を出した「科挙」について簡単に説明します。

科挙とは官吏登用制度として中国で始められた試験のこと。遣隋使が遣わされたことで日本人にも馴染み深い隋王朝の時代、598年に始祖の文帝により採用されたのが始まりです。廃止されたのはなんと1905年。形を変えたり、元の時代に一時停止されつつも、約1300年にわたり活用されました。

ベトナムや朝鮮でも採用され、韓国の「高等考試(日本でいう国家公務員一種試験)」には今でも科挙の名残があるなど、外国にも大きな影響を与えた試験なのです。

科挙の出題内容

科挙の制度自体は約1300年続きましたが、その中身は少しずつ変わっていきました。

宋代以前の科挙

科挙が始まったばかりの頃は以下のような出題がされていました。

  • 帖経(ちょうけい):『論語』を中心とした四書五経など古典の文章から出題される穴埋め問題。全文の暗記が必要。
  • 詩賦(しふ):オリジナルの詩を書く。文章力が試される。
  • 時務策(じむさく):時事問題に関する論述。現在の公務員試験でもある問題。
  • 身言書判(しんげんしょはん):面接試験。最終試験として行われた。

官吏として皇帝に上奏文を書く上で、美文であることや古典になぞらえて書くことが重要されたため、詩を作ることや文章の穴埋めが試験内容になったと考えられています。

宋代以降の科挙

宋代になり、身言書判は廃止に。代わりに「殿試(でんし)」と呼ばれる皇帝が同席のもと行われる論述試験が、最終試験として導入されました。

しかし、導入当初はきちんと審査がされていましたが、徐々に形骸化。皇帝の代わりに読巻大臣と呼ばれる大臣たちが試験官を務め、不合格者は一人も出ず、合格者の順位を決めるための試験となりました。

また、「墨義(ぼくぎ)」という暗記能力を試される問題が新たに追加されました。古典の文章の一部を回答させる帖経に対して、墨義は文章の一節全てを答えさせるもので、正答するためには帖経以上に暗記能力が必要となりました。

科挙ができるまで

科挙が採用される以前の中国では、郷挙里選や九品中正という官吏登用制度が使われていました。どちらも推薦式のシステムで、有力者の親族ばかりが登用される、賄賂が横行するなど、本当に優秀な人材ではない人が登用されることが多いという問題を抱えていました。

そんな中で採用された、試験で官吏登用を決める科挙は画期的であると共に、現代でも通用する先進的なシステムでした。そのため、先述のようにベトナムや朝鮮などの周辺諸国でも採用されたのです。

科挙の問題点

宋代以前

このように、外国からの評価が高かった科挙にも、問題点がありました。それは、これまでの官吏登用制度と同じく、賄賂や権力によって、資産家や有力者の子どもが試験の結果に関わらず登用されてしまうことです。

試験により優秀な人材を見極められるはずの科挙で、なぜそのようなことが起きてしまったのでしょうか。それには、身言書判の在り方が大きく関係していたと言われています。

身言書判の面接官は、配属される各役所の官吏が務めていたのです。地元の名士である受験者が優遇されるなど、面接の結果が家柄や財力で判断されてしまうことが、多々あったようです。

このような状況を打破するために、身言書判は廃止され、殿試が導入されることにも繋がりました。

宋代以後

身言書判が廃止され、何も問題がなくなったかに思えましたが、新たな問題が出てきました。

科挙は倍率も非常に高く、3000倍とも言われているほど。そのような試験に一回で合格する人は非常に稀で、5浪や10浪も珍しくないような試験でした。その上、試験は3年に一度であるため、15年から30年をかけて合格するような試験であったことがわかります。

もちろん、仕事をしながら片手間で勉強して通過できるような試験ではないため、その期間は勉強に専念する必要があります。つまり、制度設計上は貧しい家の子どもでも合格することはできますが、実際問題として、15年から30年の間勉強だけをしていても生活を営めるくらいの財力がないと合格が極めて難しい仕組みだったのです。

この問題は、現在でも残っており、日本の教育業界においてもこちらの動画でも言及されているように、東大生の育った家庭の平均世帯年収は918万円というデータがありますし、子どもの学力と親の収入には相関関係があると言われています。

このような問題点を孕みつつ、清代の1905年に廃止されるまで科挙は続けられていきました。

科挙はなぜ廃止されたのか

一言でいうと、試験内容が時代にそぐわなくなったからです。

科挙が廃止された時代の少し前、18世紀から19世紀にかけての近代化を経て西洋は力を増し、植民地を求めてアジアにも進出するようになっていきました。

強国であったはずの中国は近代化の波に乗れず、アヘン戦争・アロー戦争でイギリスやフランスに敗れただけでなく、小国であったはずの日本にも日清戦争で敗れてしまうことに。

このような状況から近代化の必要性が叫ばれました。しかし、これまで見てきたように科挙は古典の暗記力や詩歌を作る才覚を問う問題を中心に構成されており、近代化を成し遂げ、西洋と互角に渡り合うための人材を採用するには不適切でした。そのため、科挙は廃止されることとなったのです。

しかし、科挙の「試験で優秀な人材を選ぶ」というシステムは、世界各国で行われている大学受験・国家公務員試験などの基礎となっていることが多く、今でも世界に影響を与えていると言えるでしょう。

番外編:オスマン帝国の人材登用

よく歴史に出てくる東洋のもうひとつの大国「オスマン帝国」。ここで少し、オスマン帝国での人材登用についても解説しておきます。

オスマン帝国では、試験は使われていませんでしたが、非世襲・能力主義の人材登用が行われていました。科挙が目指したものと方向性としては似ていますね。

オスマン帝国の人材登用に関連する制度として、よく名前を挙げられるのが「デヴシルメ」です。

征服地であるバルカンに住む才覚あるキリスト教徒の少年(8〜20歳)を徴用し、イスラム教に改宗させ、英才教育により育成する制度であり、この制度により育成されたもののうち、体格が良く戦うことに適していると認められた者が、スルタン(皇帝)直属の常備歩兵部隊であるイェニチェリとして採用されました。

聡明・賢明な者は宮廷侍従や地方官として登用され、特に優秀なものは高級官僚となることも。農民から高級官僚になった人物もいたそうです。

世襲を禁止しており地位が一代限りであることから権力の腐敗を防ぎ、オスマン帝国の強さの大きな要因の一つであるこの制度は、15世紀〜17世紀の長きに渡り活用されました。

この時期のオスマン帝国については「ムンディ先生」の愛称で知られる人気YouTuberのこちらの動画でも解説されています。興味のある方はご覧ください。

西洋のテストの歴史

これまで中国のテスト、科挙を中心に東洋のテストの歴史について見てきました。ここからは、この記事を書くに至ったきっかけでもある西洋のテストの歴史について触れていきます。

まず、西洋で科挙のような試験での官僚の人材登用が行われ始めたのは、17世紀〜18世紀と中国に比べて大幅に遅く、それまでは重要な身分は原則貴族の世襲でした。このことからも科挙の先進性がわかりますね。

ここからは、西洋ではどのようにして科挙のような試験が行われるに至ったのか、そしてその試験について解説していきます。

古代ギリシア・ローマ時代

古代ギリシア・ローマの時代、とりわけ古代ギリシアでは、奴隷の存在により時間的な余裕が生まれ、それによりプラトンやアリストテレス、セネカなど数多くの哲学者が生まれていきました。このような社会において重視されるのは、何かを暗記することのような情報処理能力よりも、論理的に相手を説得したり、自分の考えを分かりやすく話せる力です。

このため、この時代の教育機関でも、基礎科目としての読み書き、詩、体育、音楽の他に、一般教養として、真理を探求していくための技術としての弁証・論理が教えられていました。また、ギリシアは民主政であったことも影響してか、民会で勝つための技術として修辞・弁論も一般科目の一つでした。

中世の教育と試験

中世の教育機関で教えられていた科目は以下の通り。

自由七科(Liberal Arts)

  • ラテン語文法
  • ラテン語修辞・弁論
  • ラテン語弁証・論理
  • 算術
  • 幾何学
  • 天文学
  • 音楽

中世でも、修辞・弁論や弁証・論理など人に何かを伝えたり説得したりするための能力は重視されていました。カトリック教会の公用語とされるラテン語の文法とともに、ラテン語での修辞・弁論や弁証・論理を学ぶようになりました。この他に算術など4科目を併せて、現代でも馴染み深い言葉である「リベラル・アーツ」と呼ばれるようになります。専門科目として、神学やローマ法学、アラビア医学を学ぶこともあったようです。

また、11世紀頃から結成され始めたギルドでは、ギルドに入り一人前の職人になるための試験が行われるようになりました。この試験はペーパーテストではなく、靴職人なら靴、革職人なら革製品を作ってギルドに提出、ギルド内で審査を行うという形式でした。

当初は学生と教授によって結成された一種のギルドとされていた大学でも、学長を決める際は試験が行われていたようです。しかし、国家の中枢的なポストには貴族が世襲で就いており、試験による登用は行われていませんでした。

絶対王政の時代

16世紀〜18世紀にかけて、王権が拡大し絶対王政がヨーロッパに広まりました。絶対王政の君主としてフランスのルイ14世、イギリスのエリザベス1世、プロイセン(現在のドイツ)のフリードリヒ2世(フリードリヒ大王)などが代表的です。

絶対王政とは、貴族の増長を懸念した国王たちが中央集権化を図り、官僚制と常備軍の設置により国家統一をしていった政治体制を指します。イギリスは例外でしたが、フランスやプロイセンではこの時期に官僚制が導入されています。

絶対王政については、中田敦彦さんの人気YouTubeチャンネル「中田敦彦のYouTube大学」でも解説されています。社会背景をまずざっくり掴みたい方はご覧ください。

特にフランス国王であったルイ14世は、幼少期にフロンドの乱と呼ばれる貴族の反乱によりパリの王宮から逃亡する経験をしており、他の君主と比べても中央集権化に熱心だったそうです。このように貴族に対抗するために官僚制の整備を進める中で、官僚とする人物を選ぶ基準として採用されたのが試験制度でした。

フランスには、ブーヴェという中国に派遣されたイエズス会の宣教師より科挙のことが伝えられていました。そこで、高等文官試験と呼ばれる科挙をモデルとした試験が採用されることとなったのです。

プロイセンでも、フリードリヒ大王の治世下で官僚制が進みましたが、こちらは大学に官僚養成課程を設置し、卒業生を高級官僚に任命するという形で制度が整えられました。

このような過程を経て、18世紀までに西洋の人材登用制度・試験制度はおおむね整っていきます。

バカロレアの制度化

絶対王政は長くは続かず、1789年にはフランス革命が勃発。戦争や社会の混乱を経て、社会秩序の立て直しが必要となりました。革命後に皇帝となったナポレオンが行ったのが、廃止されていた大学の国立大学としての復活。そして大学入学試験としてのバカロレアの制度化です。

官僚になる前だけではなく、その前段階の大学入学に際しても、試験を実施する方式への転換のポイントとなりました。バカロレアは現在でもフランスの大学入学試験として続いており、バカロレアを取得すればフランス全土のどの大学でも原則入学が可能となります。

しかし、定員を超えた場合はバカロレアの成績や居住地でその大学に進学できるかどうかが決まるようです。2019年の調査では、18歳以上の国民の80%がバカロレアを取得しているそうです。

また、バカロレアといえば国際バカロレアも有名ですが、こちらはフランスのバカロレアとは一切関係がありません。

バカロレアの問題内容

バカロレア実施の目的は「高校教育によって定義された教養」と「高校3年生の知識」を検証するための試験とされており、この通り高校卒業までに知っておくべき教養と知識が試されます。

大学入学を目指すための普通バカロレアは

  • 文学部門
  • 経済社会学部門
  • 科学部門

の3つに分かれており、選択した部門によって受験科目は異なりますが、初日は全部門共通科目の哲学の試験が行われます。

哲学の試験は難解なことで有名であり、試験時間は4時間。毎年翌日にはニュースで出題内容が取り上げられるのだとか。

哲学に関する問題が短文で出題される1問目と2問目、哲学者の文章の抜粋が提示され解説を求められる3問目から構成される3問の中から、自分の好きなものを一つ選んでの論述が求められます。

こちらの動画や記事でも哲学の問題について説明されています。参考にご覧ください。

他の科目でも、論述試験が多いバカロレア。古代から弁論や論理が重視されてきたヨーロッパらしい試験といえるのではないでしょうか。

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