特別教育の講師は社内で立てられる|資格要件と人選の基準

アーク溶接や、最大荷重1トン未満のフォークリフトの運転。特別教育が必要な業務に社員を就かせることになった。外部機関の講習に出せば受講料と交通費が人数分かかり、対象者が20人いればまとまった負担になる。自社のベテラン社員が教えてはいけないのだろうか。こう考えて調べ始めた担当者は少なくありません。結論から書くと、特別教育の講師に法令上の資格要件はなく、社内の人が務められます。本記事では、その根拠となる通達と、誰を講師に立てるかを事業者としてどう判断するかを整理します。
【この記事の概要】
- 特別教育の講師に法令上の資格要件はなく、社内の人が務められる(昭和48年3月19日 基発第145号)
- 誰が「十分な知識、経験」を持つかを判断するのは事業者。実務経験・法令知識・担当範囲・説明可能性の4つの観点で整理する
- 社内実施でも科目と時間は安全衛生特別教育規程どおりで、教育の記録は3年間保存する義務がある
目次
特別教育の講師に資格は不要|社内の人が務められる

特別教育の講師を社内の人が務めることに、法令上の制限はありません。労働安全衛生法第59条第3項が義務づけているのは、危険または有害な業務に労働者を就かせるときに事業者が特別教育を行うことです。誰が教えるかについての資格要件は、法令のどこにも定められていません。外部機関に委託することもできますが、その場合も実施義務そのものは事業者に残ります。
根拠は昭和48年3月19日 基発第145号
講師について行政解釈を示しているのは、労働省労働基準局(現在の厚生労働省)が昭和48年3月19日に発出した基発第145号「労働安全衛生法関係の疑義解釈について」です。厚生労働省はこの通達を根拠に、特別教育の講師を次のように説明しています。
教育の内容は法令で定められており、教習科目について十分な知識、経験を有する者が講師となって行う必要があります(昭和48年3月19日付け基発第145号等)
出典は厚生労働省「労働安全衛生関係の免許・資格・技能講習・特別教育など」です(2026年9月時点)。免許や技能講習の修了を講師に求める規定はなく、必要なのは教える科目についての知識と経験だけです。
同通達の全文は、公的機関のサイトでは公開されていません。書誌情報は国立国会図書館 レファレンス協同データベースで確認でき、中央労働災害防止協会の機関誌『安全』1973年5月号69〜70ページと『労働衛生』1973年5月号62〜63ページに掲載されています。全文を読む場合はこの2誌を当たることになります。
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技能講習と違い、特別教育だけ講師要件が定められていない
同じ安全衛生教育でも、技能講習には講師の要件が法律で定められています。この違いを押さえると、なぜ特別教育だけ社内で講師を立てられるのかが理解しやすくなります。
| 制度 | 実施主体 | 講師の法定要件 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 技能講習 | 登録教習機関 | あり(講習科目ごとに学歴と実務経験年数、保有資格を規定) | 労働安全衛生法第77条第2項第2号、同法別表第20 |
| 特別教育 | 事業者 | なし(通達が「十分な知識、経験」を求めるのみ) | 労働安全衛生法第59条第3項、昭和48年3月19日 基発第145号 |
技能講習は登録教習機関という限られた主体が行うため、講師の条件まで法律が指定しています。特別教育は事業者自身が行う教育として設計されており、自社の現場を知る人が教えることが前提です。社内講師は法律が想定している標準的な形にあたります。
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講師の「十分な知識、経験」を事業者が判断する4つの観点

通達が示す「十分な知識、経験」は抽象的で、そのままでは人選に使えません。具体的に誰が該当するかを判断するのは事業者です。労働安全衛生規則第37条が定める科目の省略でも判断主体は事業者とされており、同じ構造になっています。判断を誤れば労働安全衛生法第122条の両罰規定の対象になるため、誰をどの根拠で講師に選んだのかを、事業者として後から労働基準監督署に示せる状態にしておきます。
| 観点 | 確認すること | 判断材料の例 |
|---|---|---|
| 実務経験 | 当該業務を自ら行った経験があるか | 従事年数、担当した作業の範囲、経験した設備の種類 |
| 法令知識 | 安全衛生特別教育規程が定める科目を説明できるか | 該当業務の特別教育の修了歴、関係法令の研修受講歴 |
| 担当範囲 | 学科と実技のどちらを担当できるか | 実技を担当するなら自社の設備と作業手順への習熟 |
| 説明可能性 | 選任の根拠を後から示せるか | 経歴書、資格証、講師養成講座の修了証 |
当該業務の実務経験があるか
最も重視されるのが実務経験です。教える業務を自ら行った経験があれば、規程の科目に沿った説明に加えて、その現場で実際に起きたヒヤリハットや設備固有の注意点を伝えられます。年数の下限を定めた規定はないため、業務の危険性に応じて事業者が決めます。
安全衛生特別教育規程の科目を説明できるか
実務経験があっても、教育として成立させるには科目ごとの知識が要ります。安全衛生特別教育規程(昭和47年労働省告示第92号)は業務ごとに学科の科目と範囲を定めており、講師はその全体を説明できる必要があります。候補者自身が同じ業務の特別教育を修了していれば、受講者の立場から内容を理解している分、組み立てやすくなります。
学科と実技のどちらを担当できるか
多くの特別教育は学科と実技で構成されています。1人ですべてを担当する必要はなく、規程の内容を体系立てて話せる管理部門の担当者が学科を、設備を操作しながら安全な手順を示せる現場の熟練者が実技を受け持つ分担も取れます。
選任の根拠を後から示せるか
労働災害の発生後や労働基準監督署の調査では、教育を実施した事実に加えて、その教育が有効だったかを問われます。そのため、候補者の経歴書や保有資格の写しを教育記録と一緒に残しておきます。
社内講師の知識・経験を裏づける講師養成講座とインストラクターコース

講師の資格制度はありませんが、講師を務める人向けの講座は労働災害防止団体が開いています。受講すれば事業者としての判断根拠を1つ増やせるほか、教材の作り方や教え方といった実務経験だけでは身につかない部分を習得できます。代表的なものは次の2つです。
| 実施団体 | 講座の例 | 内容 |
|---|---|---|
| 中央労働災害防止協会(東京・大阪安全衛生教育センター) | フルハーネス型墜落制止用器具特別教育インストラクターコース、電気取扱作業特別教育インストラクターコース(低圧)、粉じん作業インストラクターコース | 業務の専門知識に加え、教材作成手法と教育方法を習得する |
| 建設業労働災害防止協会 | 足場の組立て等の業務に係る特別教育講師養成講座 ほか | 建設現場の作業に即した指導のノウハウを伝える |
中央労働災害防止協会のインストラクターコース
中央労働災害防止協会は、東京安全衛生教育センターと大阪安全衛生教育センターでインストラクターコースを開いています。事業場で特別教育を行う講師を養成するための講座です(中央労働災害防止協会 東京・大阪安全衛生教育センター 講座一覧、2026年9月時点)。たとえば粉じん作業インストラクターコースは、「インストラクターに求められる教材作成方法や教育方法の習得のためのカリキュラム」と説明されています。業務の知識だけでなく教え方まで学べるため、社内で初めて講師を立てるときの準備に使えます。
建設業労働災害防止協会の特別教育講師養成講座
建設業労働災害防止協会も、特別教育の講師養成講座を実施しています。令和5年度版の講座案内には、足場の組立て等の業務、アーク溶接等、低圧電気取扱い業務、石綿取扱い作業などの特別教育講師養成講座が並んでいます(管理者向けの講習を含め計16講座)。
講師養成講座の修了は「資格」ではない
これらの講座を修了しても法令上の資格が得られるわけではありません。上記の建設業労働災害防止協会の講座案内にも「講師養成講座を受講しても特別教育を受講したことにはなりません」と明記されています。修了証は、事業者が「十分な知識、経験」を判断したときの材料の1つとして機能します。
社内講師で実施するときに守る科目・時間と記録

講師を社内で立てても、教育の中身に裁量はありません。安全衛生特別教育規程が業務ごとに科目と時間を定めており、これを満たさないと特別教育を実施したことになりません。実施後は労働安全衛生規則第38条により記録を3年間保存する義務が生じます。社内実施で見落としやすいのがこの2つです。
科目と時間は安全衛生特別教育規程に従う
安全衛生特別教育規程は、業務ごとに学科と実技の科目、範囲、時間を定めています。自社で教えるからといって時間を短縮したり、現場で使わない科目を省いたりはできません。対象業務を特定したら規程で該当する条文を確認し、その科目と時間をそのままカリキュラムに落とします。実施しなかった場合は、労働安全衛生法第119条第1号により6カ月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金の対象になります。なお2025年6月1日施行の刑法改正により、それまでの「懲役」は「拘禁刑」に改められています。
教育の記録は3年間保存する
労働安全衛生規則第38条は、特別教育を行ったときに受講者、科目等の記録を作成し、3年間保存することを事業者に義務づけています(厚生労働省 職場のあんぜんサイト「特別教育」、2026年9月時点)。記録に含める項目は次のとおりです。
| 項目 | 位置づけ |
|---|---|
| 受講者 | 労働安全衛生規則第38条が名指しする記録項目 |
| 科目 | 同上 |
| 実施日と実施時間 | 条文では「等」に含まれる。実務では科目とあわせて記録する |
| 講師の氏名と経歴 | 法定項目ではない。選任の妥当性を後から説明するために残す |
法定項目ではないが講師の氏名と経歴も残す
労働安全衛生規則第38条は講師の氏名を記録項目として挙げていません。それでも残す理由は、事業者が「十分な知識、経験」を判断した事実を後から第三者に示せるようにするためです。経歴書や保有資格の写しを教育記録と同じ場所に保管しておくと、担当者が交代しても選任の経緯をたどれます。
十分な知識と技能がある労働者は科目を省略できる
労働安全衛生規則第37条により、事業者は特別教育の科目の全部または一部について十分な知識と技能を有していると認められる労働者について、当該科目を省略できます。省略できる者の例は昭和47年9月18日 基発第601号の1「労働安全衛生規則の施行について」および昭和48年3月19日 基発第145号で示されています。判断するのは事業者なので、省略の根拠も記録に残します。
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社内講師と外部委託の使い分け

社内講師と外部委託のどちらを選ぶかは、対象者の人数と、その業務が今後も継続的に発生するかで決まります。前提として押さえておきたいのは、外部に委託しても労働安全衛生法第59条第3項が義務づけている相手は事業者のままだという点です。委託は実施作業の外注であって、義務そのものは移りません。
コストと工数、内容の自由度の違い
| 判断軸 | 社内講師 | 外部委託 |
|---|---|---|
| 1人あたりの費用 | 教材と時間の準備コストのみ。対象者が増えても単価は上がらない | 受講料と交通費が受講者数に比例する |
| 立ち上げの工数 | 科目・教材・実技環境の準備が必要 | 申し込みのみ |
| 教育の内容 | 自社の設備と作業手順に合わせられる | 汎用のカリキュラム |
| 記録の管理 | 自社で作成して保存する | 修了証の写しなどを受け取り、自社で保存する |
| 適する場面 | 対象者が多い、対象業務が継続的に発生する | 対象者が少数、自社に知識の蓄積がない |
対象者が数名で今回限りなら外部委託のほうが早く済み、毎年新人が配属される業務なら社内講師を立てたほうが累計のコストは下がります。初回は外部に委託して担当者も一緒に受講し、2年目から社内実施に切り替える進め方も取れます。
委託しても実施義務と記録の保存義務は事業者に残る
外部機関に委託した場合でも、教育が安全衛生特別教育規程どおりに行われたかを確認する責任と、労働安全衛生規則第38条に基づいて記録を保存する責任は事業者にあります。委託先から受け取った修了証の写しや受講者名簿は自社で3年間保管します。
委託先を選ぶときに確認する項目
外部機関が特別教育を実施するにあたって、都道府県労働局の登録を受ける必要はありません(厚生労働省「労働安全衛生関係の免許・資格・技能講習・特別教育など」、2026年9月時点)。技能講習の登録教習機関のような公的な線引きがないため、委託先の中身は事業者が自分で確認します。確認したいのは、対象業務に対応する科目と時間が規程どおりに組まれているか、実技を含むカリキュラムか、実施後にどの形式の記録が返ってくるかの3点です。記録の形式は後の管理負担に直結するため、受講者名簿をデータで受け取れるかを申し込み前に確かめます。
学科をeラーニングにすると社内講師の役割はどう変わるか

学科はeラーニングで実施できます。厚生労働省が令和3年1月25日に発出した通達「インターネット等を介したeラーニング等により行われる労働安全衛生法に基づく安全衛生教育等の実施について」(基安安発第125002号ほか)が、その考え方を示しているためです。対象には特別教育も含まれます(2026年9月時点)。社内講師の仕事は、教室で全員に話すことから、質問に答えることと実技に立ち会うことへ移ります。
学科はeラーニングで実施できる
学科をeラーニングにすると、受講者の勤務シフトがばらついていても全員に同じ内容を届けられます。講師が同じ説明を繰り返す必要がなくなるため、対象者が多い事業場ほど負担の減り方が大きく、教材は翌年以降の新人にもそのまま使えます。
実技は講師と同一場所で対面により実施する
同通達は、実技教育について講師と同一場所で対面により実施していることを要件として挙げています。学科をオンラインに移しても、実技は現場に講師が立ち会う形が必要です。社内講師の出番は実技に移り、人選でも実技を教えられるかが決め手になります。
受講者からの質問を受け付けて回答できる体制を用意する
通達は、受講者からの質問があった際に受け付けて回答できる体制があることも求めています。動画を配信するだけでは要件を満たしません。質問の受付窓口を決め、誰がいつまでに回答するかを運用として定めます。社内講師はこの回答者として関わります。
受講した事実を適切に確認できるようにする
受講者が受講した事実を適切に確認することも、同じ通達が挙げている要件です。これは労働安全衛生規則第38条の記録保存とは別の要件で、教育が成立したかどうかを担保するためのものです。動画を再生したまま離席していた場合に受講とみなせるかが論点になるため、視聴の進み方を把握できる仕組みが必要になります。
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特別教育の講師に資格は必要ですか?
必要ありません。労働安全衛生法にも労働安全衛生規則にも、特別教育の講師の資格要件を定めた規定はありません。厚生労働省は昭和48年3月19日付け基発第145号等を根拠に、「教習科目について十分な知識、経験を有する者が講師となって行う必要があります」と説明しています(厚生労働省「労働安全衛生関係の免許・資格・技能講習・特別教育など」、2026年9月時点)。免許や技能講習の修了を講師に求める規定は法令上ありません。
社内の誰でも講師になれますか?
教える科目について十分な知識と経験を持つ人であれば務められます。誰が該当するかを判断するのは事業者です。実務経験、安全衛生特別教育規程の科目を説明できる知識、実技を教えられるかを確認して選任し、その根拠を記録に残します。
講師を外部に委託した場合、実施の責任も委託先に移りますか?
移りません。労働安全衛生法第59条第3項が特別教育の実施を義務づけている相手は事業者です。委託先が規程どおりの科目と時間で実施したかを確認する責任と、労働安全衛生規則第38条に基づいて記録を3年間保存する責任は自社に残ります。
講師養成講座を修了すると講師の資格が得られますか?
得られません。中央労働災害防止協会や建設業労働災害防止協会の講座は、教材の作り方や教え方を習得するためのもので、法令上の資格を与える制度ではありません。建設業労働災害防止協会の案内にも、受講しても特別教育を受講したことにはならない旨が明記されています。
教育記録に講師の氏名を残す必要はありますか?
法令上の義務はありません。労働安全衛生規則第38条が定める記録項目は受講者と科目等です。ただし講師の氏名と経歴を残しておくと、適格性をどう判断したかを後から説明できます。労働基準監督署の調査に備えて教育記録と一緒に保管しておくことをおすすめします。
特別教育の社内実施ならWisdomBase
WisdomBaseは、特別教育の学科動画の配信から受講記録の保存までを1つのシステムで行えるeラーニングシステムです。
動画にはスキップ防止と離席時の自動停止を設定できるため、講師が対面で見ていなくても、受講者が最後まで視聴した事実が記録に残ります。理解度の確認テストを組み合わせると、視聴の完了とテスト合格の両方を条件にして修了証を自動で発行できるので、合格者を確認して1人ずつ発行する作業は発生しません。受講履歴は受講者ごとに一覧で残るため、労働安全衛生規則第38条が求める3年間の保存にそのまま使えます。
株式会社アストンでは、選挙業務スタッフ向けのeラーニング研修に導入し、離席時に動画が停止する機能で受講状況を正確に把握しています。訪問看護ステーション向けの法定研修を提供する株式会社eWeLLでは、テスト受験後に受講証明書が自動発行される仕組みを使っています。証明書の作成と送付にかかっていた時間はほぼゼロになりました。
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まとめ
特別教育の講師に法令上の資格要件はなく、社内の人が務められます。根拠は労働省労働基準局が発出した昭和48年3月19日 基発第145号で、求められているのは教える科目についての十分な知識と経験です。誰が該当するかを判断するのは事業者なので、実務経験、規程の科目を説明できる知識、実技を担当できるか、選任の根拠を示せるかの4つの観点で候補者を評価します。
社内で講師を立てても、科目と時間は安全衛生特別教育規程に従い、教育の記録は労働安全衛生規則第38条により3年間保存します。学科をeラーニングに移す場合は、令和3年1月25日 基安安発第125002号ほかの通達が求める、受講事実の確認、質疑応答の体制、実技は講師と同一場所での対面という3つの要件を満たす形で設計します。
※本記事に記載した法令および通達の内容は2026年9月時点のものです。実際の運用にあたっては、所轄の労働基準監督署または社会保険労務士にご確認ください。


